もうここをご覧の方はいないと思いますが ― 2024/08/28
今日書かなければもうほんとに人生で書く機会はないと思ったので書きます。お久しぶりですこんばんわ
あ、先に言っておくと凪は元気ですし、相変わらず好きなものを好きなように描いています。
メインの活動場所はTwitterでたまにpixivにもあげてますが、pixivアカウントは以前と変えています。
以前の私を知っている方はご存知だと思いますが、当時の私の夢は10年後も誰かの本棚にある本を書くことでした。それがまた1つ叶いました。
今の作品を見た方から、エルリック兄弟の本を読んだよ、当時とてもinspireされたstigmaな本だったと、talented artistだと言ってもらえました。
言語も宗教も異なる文化圏の方に刺さるような、そんな普遍的なものが描けた自分を、私は誇りに思う
私はとても個人的で、それでいて普遍的なものが描きたかった
読み手を選ぶ、人の心をえぐる、誰かの人生に痕を残す作家で在りたかった
そう希いながら、毎日のように悪意にさらされ続け、明日死のうと泣きながら描いていた
私はずっと、自分を脆い人間だと思っていたけど、意外と強い人間だったね
少なくとも作家としては、私はすごくまっとうだったと今は思う
巧く言葉にできないけれど、この再会のおかげで今はとても、
穏やかで心地好くて、誰にも穢すことも壊すこともできない、安堵か自信に似た感覚を覚えている
多分これが『生まれて来てよかった』て感情なんだろう。そんな風に思える日が来るなんて、あの頃は想像もつかなかった
私は自分の感受性を守り切ったよ
そのことが、嬉しいの
参考までに。
以前と同じペンネーム(表記は平仮名)で、今は原神と言うゲームの二次創作を描いてます
荒川先生の最新の連載も発売日にちゃんと読んでます。ただ連載開始当初、私はSNS見てなかったので1年ぐらい知らなかった。
Cさんともよく荒川先生のファンタジーがもう一度読みたいって話してたから、それが叶ってほんとに嬉しい
Twitter画面はこのページのウィジェット(サイドバー)にも表示されてるはず。
5年くらいぱったり同人を離れ、もう二度と絵を描くことはないと思っていたのに、描いてしまったよね・・
普通に仕事があるのでイベントにはもう出ていませんが、Twitter上で漫画も描いてるし、公式でイラストコンテストが開催されるので、たまに本気度の高い一枚絵も描いてます
いや、あの、これ余談ですが、最近の方ってカラーのスキル半端ないね?
私は絵の上手さ=デッサンの上手さだと思ってたので、お絵描き再開した当初はこの潮流が受け入れられなかったのですが、最近は自分の技術不足を素直に受け入れてカラーの練習もしてたりしてなかったり
いやお前何年同人誌描いてたんだって話ですが。あああぁぁ
そんなわけで自分ではずいぶん漫画もカラーも上達したつもりだったのに、一瞬で見抜かれたと言う事は・・・え、いや、うーん???
因みになぜ私だとわかったの?と聞いたら、名前は一因としてドローイングスタイルだと。
原神はとても有名なソーシャルゲームなので、私なぞが説明するまでもないですが、私の好きなキャラは・・・まぁ私が好きになるようなキャラですよ、同じ趣味の方ならきっと好きです。
ゲーム自体はとても奥深く広大で考察の余地もてんこ盛りなので誰でも楽しめますし、私ができるんだから難しくはない(壊滅的なゲーム音痴)
ちょうど本日、1年に1度の大型アップデートがあったので、始めるなら今です(布教)
ここをご覧になっている方なら問答無用でフレンド申請通すのでお声かけてね
そしてこの空白の5年間、何をしていたかと言えば、あのですね。
自分でもびっくりなんですけどね。アクセサリー作家をしておりました、というか厳密には今もサイドワークでやっています
こちらはアト||リエ||凪という屋号でインスタやってます(休業中)
え、凪さん今、インスタって言いました?はいインスタです、ええ・・・
いつの間にかナノインフルエンサーと呼ばれる程度のフォロワーさんまでついちゃってびっくり。中の人私なのに大丈夫?
漫画描いてないとあまりに暇で、かといって好きな作品も絵を描く気力もなく、なんとなく始めたハンドメイドが見事にハマってしまい。
いっときは専業作家でもやっていけるんちゃう?ってくらいやってましたが、ヲタクの心性の方がまさった・・・こんな一文にもならないことに私は一体何を・・・
原神に飽きたらハンドメイド作家に戻ろうと思っているのですが、一向に飽きないのですよ・・・困った。
ちなみにね、リアクションとか自己肯定感って意味ならハンドメイドの方が全然やりがいはあります。だってほとんどの人がレビュー書いてくれるんだよ?同人誌じゃありえないよ。
そのうえ普通に食べていけるくらいにはなる。
それなのに・・・ああそれなのに・・・私ってヲタクだったっけ?
そのうちここに現況書こうと思いながら、ずっとほったらかしてしまいました
もう誰も見てはいないだろうけど、もしいたら、いてくれてありがとう。
あ、先に言っておくと凪は元気ですし、相変わらず好きなものを好きなように描いています。
メインの活動場所はTwitterでたまにpixivにもあげてますが、pixivアカウントは以前と変えています。
以前の私を知っている方はご存知だと思いますが、当時の私の夢は10年後も誰かの本棚にある本を書くことでした。それがまた1つ叶いました。
今の作品を見た方から、エルリック兄弟の本を読んだよ、当時とてもinspireされたstigmaな本だったと、talented artistだと言ってもらえました。
言語も宗教も異なる文化圏の方に刺さるような、そんな普遍的なものが描けた自分を、私は誇りに思う
私はとても個人的で、それでいて普遍的なものが描きたかった
読み手を選ぶ、人の心をえぐる、誰かの人生に痕を残す作家で在りたかった
そう希いながら、毎日のように悪意にさらされ続け、明日死のうと泣きながら描いていた
私はずっと、自分を脆い人間だと思っていたけど、意外と強い人間だったね
少なくとも作家としては、私はすごくまっとうだったと今は思う
巧く言葉にできないけれど、この再会のおかげで今はとても、
穏やかで心地好くて、誰にも穢すことも壊すこともできない、安堵か自信に似た感覚を覚えている
多分これが『生まれて来てよかった』て感情なんだろう。そんな風に思える日が来るなんて、あの頃は想像もつかなかった
私は自分の感受性を守り切ったよ
そのことが、嬉しいの
参考までに。
以前と同じペンネーム(表記は平仮名)で、今は原神と言うゲームの二次創作を描いてます
荒川先生の最新の連載も発売日にちゃんと読んでます。ただ連載開始当初、私はSNS見てなかったので1年ぐらい知らなかった。
Cさんともよく荒川先生のファンタジーがもう一度読みたいって話してたから、それが叶ってほんとに嬉しい
Twitter画面はこのページのウィジェット(サイドバー)にも表示されてるはず。
5年くらいぱったり同人を離れ、もう二度と絵を描くことはないと思っていたのに、描いてしまったよね・・
普通に仕事があるのでイベントにはもう出ていませんが、Twitter上で漫画も描いてるし、公式でイラストコンテストが開催されるので、たまに本気度の高い一枚絵も描いてます
いや、あの、これ余談ですが、最近の方ってカラーのスキル半端ないね?
私は絵の上手さ=デッサンの上手さだと思ってたので、お絵描き再開した当初はこの潮流が受け入れられなかったのですが、最近は自分の技術不足を素直に受け入れてカラーの練習もしてたりしてなかったり
いやお前何年同人誌描いてたんだって話ですが。あああぁぁ
そんなわけで自分ではずいぶん漫画もカラーも上達したつもりだったのに、一瞬で見抜かれたと言う事は・・・え、いや、うーん???
因みになぜ私だとわかったの?と聞いたら、名前は一因としてドローイングスタイルだと。
原神はとても有名なソーシャルゲームなので、私なぞが説明するまでもないですが、私の好きなキャラは・・・まぁ私が好きになるようなキャラですよ、同じ趣味の方ならきっと好きです。
ゲーム自体はとても奥深く広大で考察の余地もてんこ盛りなので誰でも楽しめますし、私ができるんだから難しくはない(壊滅的なゲーム音痴)
ちょうど本日、1年に1度の大型アップデートがあったので、始めるなら今です(布教)
ここをご覧になっている方なら問答無用でフレンド申請通すのでお声かけてね
そしてこの空白の5年間、何をしていたかと言えば、あのですね。
自分でもびっくりなんですけどね。アクセサリー作家をしておりました、というか厳密には今もサイドワークでやっています
こちらはアト||リエ||凪という屋号でインスタやってます(休業中)
え、凪さん今、インスタって言いました?はいインスタです、ええ・・・
いつの間にかナノインフルエンサーと呼ばれる程度のフォロワーさんまでついちゃってびっくり。中の人私なのに大丈夫?
漫画描いてないとあまりに暇で、かといって好きな作品も絵を描く気力もなく、なんとなく始めたハンドメイドが見事にハマってしまい。
いっときは専業作家でもやっていけるんちゃう?ってくらいやってましたが、ヲタクの心性の方がまさった・・・こんな一文にもならないことに私は一体何を・・・
原神に飽きたらハンドメイド作家に戻ろうと思っているのですが、一向に飽きないのですよ・・・困った。
ちなみにね、リアクションとか自己肯定感って意味ならハンドメイドの方が全然やりがいはあります。だってほとんどの人がレビュー書いてくれるんだよ?同人誌じゃありえないよ。
そのうえ普通に食べていけるくらいにはなる。
それなのに・・・ああそれなのに・・・私ってヲタクだったっけ?
そのうちここに現況書こうと思いながら、ずっとほったらかしてしまいました
もう誰も見てはいないだろうけど、もしいたら、いてくれてありがとう。
死にネタは特殊性癖か 悲劇の基準は何処か ― 2018/09/19
こないだ勢いのままに書いた松のプロットをネームにまとめたんですが、恐ろしいほど仕上げる気力が出なくて、これは情熱の問題と言うより締め切りがないせいだと思いました。同人誌と言うのはイベントと言う冷酷かつ厳然たる締め切りがあるから出せるのです。イベント申し込まないと漫画描けない…!
お預かりしたスケブはみんな万年筆で描きました!ガリガリ描いてたらなんかちょっと今日ペン先の調子悪くなってて変なクセ付けちゃったかもー。゚(゚´Д`゚)゚。
Twitterで時々論戦が起きるけど(学級会と言うらしい)、大抵の場合私はどちらか一方に属していて、相手側の意見を聞いても動じる事はないし意見が変わることもない。ただ今回だけは珍しくオヤ?と思ったので書いておく。
作品には「ハッピーエンドです」とか「メリバです」とか、特殊性癖に当たるものはその旨を注意書きすべきと言う主張。私はオチを知らずに読みたいし読んで貰いたいので当然ながら不要派なんですが、「二次創作は勝手にキャラをお借りして描かせて頂いているので、苦手な方のために地雷対策はすべき」と言う論旨はなるほどねと思った。ただ私自身は死ぬほど必要ないけどね。
私にだって地雷がないわけじゃないけど危険な匂いがしたら読まずに閉じますし、わざわざ注意を受ける前に自分から危険予測をするのが交通安全のルールじゃないですか。それに私はいちど「ハッピーエンドの本だけください」と言われて真面目に選んだ自分の本を「悲劇じゃないですかー😂」と言われたことがあるので、注意書きってあんまり意味がないと思うんだよ。何を以って悲劇とするか基準なんてないのだから。
因みに記憶喪失ネタで、相手のことを忘れてしまうけど記憶を失ったまま幸せになるお話でした。エルリックです。たしか記憶を対価にしたんだっけな。今更だけど最終回を知った今となっては割といい線描いてたと思うよね(笑)。アイツらも命の遣り取りしてんだから、魂だの腕だの命だの奪われずに帰郷出来たら私にとってはもう申し分のないハッピーエンドなのよ。あの悲劇を忘れられたならむしろ幸せだとも思うしね。
だから「死にネタが特殊性癖」という時点で私はもう注意書きは死ぬほど不要。それマギコンビで必要ですかね?それで言うとウチの本、サークル開始以来ほとんど特殊性癖ってことになりますけどね?まず死んでから始まるお話とかありますし。 いずれ死ぬ運命であることが前提であるお話とか。だいたいマギも松もキャラ死ぬしシレッと生き返るしグロもあるのに、二次創作で特殊性癖になると言う理論がよく分からん。
それでも私がおや?と思ったのは、先程の根拠に一理あると思ったからです。この手の 論戦てたぶん、他方を攻撃したり間違っていると主張することで持論を証明するタイプが多いんだと思う。でその論旨或いは論争のあり方自体に問題があるから私にはぜんぜん響かないんだけど、この論旨はそうではなかったから。
論争って相手を打ち負かすことではなく、相手に持論を考え直させて自ら歩み寄らせたほうが勝ちだと思うんだよね。相手に妥協点を探らせる。戦わずして勝つ。そうでなければそれはただの論争のための論争になってしまう。
前回の、リバVS固定の戦いはあまりに酷くて私は到底見ていられなかったけれど、今回は何人かの作家さんがおや?と思わせるつぶやきをしていたので心穏やかに見ていられたし、持論を曲げるほどでは無いにせよ考え直してもいいかなと思ったもの。その作家さんが好きか嫌いかはあまり関係なくね。
持論の正しさを証明するために他者を貶めてはいけないと言う鉄則は本当だよ。
それは自分のためなんだよ。本気で持論の正しさを信じるならそうすべき。
私もそうありたい。一つ学ばせてもらったわ。
パラレルのテンプレ ― 2018/02/08
どうしよう数字愉しい・・・!最初に私を松にハメた人から「凪さんには数字を」と推されたのだけど、まんまとハマった感。
私が今までパラレルに関心がなかったのは、パラレルそのものが嫌いと言うよりパラレルのテンプレに萌えがなかったからかもしれない。パラレルって大体ケモ耳かマフィアか現パラじゃん?それにケモって言ってもたいてい猫じゃん?わたし犬派だからね。絶対賛同者いないだろうから言わないけど、実はジュダルだって犬なら描けるよ。アイツ自分が認めた相手には一途だもん。私の中では犬キャラなんだよ。
あとパラレルにすると元の設定が変わってしまうからやっぱり萌えない。現パラにしたらあいつマギじゃなくなるじゃん?マギという特異性がヤツのアイデンティティじゃん?最終回で崩壊したけど。ん?最終回でアイデンティティ喪失したってとこもエドと同じだな。いやだから、(同人誌では)キャラ性を失った時点で私にとってはそのキャラじゃなくなるのだよ。
一方、松はこれでもかってくらい振り幅広く派生を持って来るので何かしら嗜好に引っかかるんだな。妖怪松は刺さっちゃいました。あとテレビの本編で公式が堂々とパラレルをやらかしたのも大きいかもしれない。兄弟じゃない六ツ子が公式で出て来ちゃうわけだから。でもやっぱり六ツ子であることが大事なのでパラレルでも兄弟でいてほしい。狐と犬にどうやって血の繋がりがあるのかサッパリ説明できないが。同じ犬科だ。
もしパラレルのテンプレが宗教(天使と悪魔)とか妖怪とかせめてもスチームパンクが王道だったら、私とっくに描いてたかもしれない。でもアルエドは元から微妙にスチームパンクだしセリム様は最初から七大罪であったのだった。終了。
鋼の映画行って来たよー ― 2017/12/13
一言で言えばミロスほどの落胆は感じずに済む。期待しないで行けばセーフかと。
初めから兄弟の再現性には期待していなかったのでアルエド的に大きな文句はないです。金髪なのに日本語喋ってる違和感は実写ならではですなあ。実写ならではの生身の迫力や痛みなんかはよかった。
七大罪的には、うーん・・・ラスト姐さんはかなり良い出来栄えではないかと。黒髪だから人種の違和感がないのも大きいけど、姐さん好きな私から見ても、演技とか演出とか悪くなかったと思う!
原作の見どころは残しつつ脚本を適度に端折ったのも成功してる、かな。鋼の完成度は半端ないので、あくまで期待しないで観れば、のレベルで。終わり方からするに「反応が良ければ続きも作っていい?」って言い訳だろうか。あそこまでやったなら完結して欲しかったなあ。
気になったのは以下の点。箇条書きで。
> 姐さんの弱点、とは。最強の矛が弱点てことなら・・・納得いかぬ。取り出した賢者の石から本体が再生しなかったのも残念。そこが姐さんなのになー。個人的に姐さんのコスチュームはスリットが深いところが大事なので、あのゴス風ドレスはちょっとヒラヒラしすぎ。
> 中尉のクオリティ。中尉・・・私、中尉にはそれほどの思い入れは無いはずだけど、大佐がそこそこ良いから凄く気になった。軍人らしからぬ体格とか、姿勢とか、動きとか。あれではただのヒロインっていうか。リザさんは大佐よりかっこいい位でちょうどいいのに。
> エンヴィーのクオリティ。クオリティ・・・?なんだろうね、一番再現が難しいキャラであるとは思うんだけど。 CG処理をするほどではなく、さりとてただのメイクだけと言うわけにもいかず、中途半端に盛った結果、大変中途半端になった印象。彼だけじゃなく、なんというか全体的に見た目がゴシック。Gothic!
これもし続き作るならセリム様は登場必須になってくるので、そしたら一体誰が。
セリム様はフルCGで頼む(ここだけ強烈に高い期待値)。精神年齢300歳のショタを
一体誰が演じられるというの。
平日の朝イチで行ったのもあるけど、お客さんは私を含めても10人足らず。全員が私と同じ位かちょっと年上の妙齢女性で、一人でこっそり見にいらしてた。皆さん、鋼 に青春捧げちゃったクチだろうか。
本命の!荒川先生書き下ろしコミックはまた後で大事に読む!読んだらまた書く!
そういえばエンドロールで「動物に苦痛を与えていません」的な一文が流れてて、あれは荒川先生の思いだろうか。動物つってもアレキサンダーくらいでハヤテ号出てこなかったけど。確かアイツ、ポスターには出ていたけど。
鋼展に行ってきたよ ― 2017/10/02
▼鋼展、展示入れ替え前の最後の日に行ってきました!
からの、鋼カフェにも行ってきました▼
私こーゆーお店に行ったことないので一緒に行ってくださったYさんには感謝です。お客様ノートってのもあったのでせっかくだから長男二人を描いてきました!私は鋼展、この二人の描き下ろしを見に行ったの!
朝日新聞の荒川先生のインタビューを読んで絶対に行こうと思ってたんだ。 Twitterに感想書いたら満足しちゃって例によってここで書くのが遅れちゃって。でも大切だからここでも書いておく。
まず荒川先生、最初の数巻分は12色のアクリルガッシュのみだったそう。5巻あたりまでやたらと表紙が原色よりなのはそのせいもあるかと。その後リキテックスを使うようになったのは画集でもおっしゃってた通り。あと、カラー原稿における荒川先生の黒のマット感が大好きなんだけど、作画工程を見て納得するところが多かった。何しろすごく丁寧。マスキングテープできちんと処理をしてから(だから均質に塗れる)下地にグリーンのベースを塗っていた。あと服の影部分は先に塗っていて後で全体のカラーを塗っておられた。耐水性の画材だからできる技ですね。
リザさんのライフルの模型があったんだけど「荒川先生私物」とあって、さすが〜!と思ってしまった。ライフルと拳銃がある職場。あとテーマに沿った展示になっているけど、本筋と関係ないイラストは最後のほうにまとめておいてあって、なんだかそれがすごくもったいない感じ。マフィア組とか画集の最後にある東西兄弟とか今回描き下ろしの2枚とか、あの部屋だけで1時間は見る価値あると思うんだけど、それ知っていたらペース配分をもう少し考えて見れたのに〜>_<
描き下ろしの二枚は対になっていて、エドのポジションをセリムがそのままやっているので、普段のセリムならやらないようなポーズなのが個人的にはすごく嬉しくてね。基本あの子はいい子演じてるからエドみたいな不良っぽいポーズはしないじゃない。でもセリムはエドにある種の憧れがあったと思ったりとか、色々懐かしかったなー。
語ることがすっかりセリエドですいませんね。あれだけ長い時間アルエドに青春を捧げてきたのに最後がセリエドで、それをそのままマギコンビに引き摺ってしまいました。
ちなみに鋼展で手に入れた土曜日のしおりとカフェのコースターはこのラインナップ。
七大罪好きなら土曜日がお勧めです。七大罪なのに安息日をきっちり守る逆背徳感がたまらなく好き。
すごく久しぶりにこのブログの記事カテゴリに鋼を使った(^^)
二元論的世界観と相対論的世界観 ― 2017/03/13
・・・えっ?えっっ?!マギコンビの表紙、来る?!次?!えっ?!マジで?!
マギコンビが表紙を飾る日は来ないだろうと思ってた。いや祈ってはいたけど。
次巻はマギコンビなんですか?!?!いやーーーーーーーーーーーーっ!!!
マギコンビが表紙を飾る日は来ないだろうと思ってた。いや祈ってはいたけど。
次巻はマギコンビなんですか?!?!いやーーーーーーーーーーーーっ!!!
すみません最近なんだか気落ちしてしまってて、ゲームをプレイして鋼に再燃していたり、レンタルコミックスをフル活用して進撃の巨人と東京喰種と結界師を読んだりしていて、マギからちょっと距離を取っていたんです・・・が・・・
マジかーーーーーーー?!ついにマギコンビの時代来たーーーーーーー!!!
とうとう此処まで来ましたか・・・長かったなあ。
私は正直もうマギコンビの表紙ツーショットは期待できないなと腹くくってて、いいとこ東西王マギのカルテットだろうなと踏んでました。ザガン攻略チームの表紙的な感じね。そうなると一番身長が高いジュダルがアリババのポジションに来るからヘソは見えねえーなあ・・・チッ
って思ってた。
ありがとう・・・大高先生ありがとう・・・ここまで期待させておいて別の進行中画像だったとしても私は恨まないから。夢見させてくれてありがとう・・・
リアル迷宮の動向は、ほぼ長期化が決定してしまいました。あーあ・・・
ま、そのつもりで腹はくくっていましたけどね。アイツら退き下がらないだろうなって。
でも、あからさまな嘘をついたり証拠を捏造したり逆に隠滅したり、やることが今までと一線を画して来た感があって、わたしは正直そこまで汚いことをしてくるとは思ってなかった。上層部にも多少は良心というものがあるだろうと期待していた。みながみな平気で嘘を吐けるわけがないと思ってた。
・・・平気なんだよね。びっくりした。なんか・・・そのことに落ち込んだ。
この人たちにだって家族がいるだろうに。たとえば自分の娘が同じ目に遭ったとしても、この人たちは平気なんだろうか。自分の仕事を家族に誇れるんだろうか。いや、誇る必要もないのか。誇れない仕事をしていて楽しいんだろうか。わたしには理解できない。
わたしって甘いんだろうか。甘いんだろうな・・・
ネット繋いだついでに進撃と東京喰種の感想を言ってもいいかな。
たまたまこの2作品を同時に読んだせいもあるかもしれませんが、鋼や結界師とは違うパラダイムの時代に来たな、と思いました。
9.11の前と後とでフィクションの世界観が変わったというような話を時々聞くけど、個人的には<二元論>の世界観が崩れたと思う。
「敵」に立ち向かう「私」、「悪」に立ち向かう「正義」っていう構図ではなくて、「敵の中の正義」、「悪かもしれない私」みたいな、んー・・・<相対論>?とでも言うのかな、そういう価値観。
「敵だと思っていたら味方だった」とか「味方の中に悪がいた」というのは、まだ<二元論>の枠組みで語られていることなので、このパラダイム自体は超えてない。セリムさまなんかはこの中に入るかな。罪のなかの希望というかね。七大罪という敵に残された善の芽みたいな存在だよね。わたしはそういう境界に生きる人が大好きなんだけど。そういえばエド自身、咎人の主人公だった。でも悪ではない。そこは明確だった。
でも進撃と東京喰種は明確な悪が存在しないんだよね。どちらにも正義があり一方から見れば他方が悪になる。<相対的>パラダイムだから主人公はおのずと「正義の味方」ではなく「群集劇の一視点」的な存在になる。だから魅力的で特別な存在である必要はなくて、どちらかといえば平凡で普通の存在でなければならない。相対的世界観の場合、戦うべき相手は「敵」ではなく、理不尽な世界の構造そのものにある・・・ってことになるかな?
因みに、もう単純に好みの問題でわたしは二元論的世界観がいい。どちらの価値観が優れているとかではなくて、いや三次元的には相対的価値観でなければならないと思うんだけど、少なくともフィクションとしては、わたしは二元論の考え方から抜け出せない、気がします。あまりにも長い時間、二元論的パラダイムに慣れすぎたので、相対的価値観に馴染めない。読んでいて混乱してしまう。でもきっと、この混乱こそが相対的世界観の魅力なんだと思う。現代人としても多分そっちが正しい。わたしは時代遅れなんだろうなあ、と思いました。
ファンじゃないからちゃんと聴いたことないけど、紅白で2回だけ見た「SEKAI NO OWARI」も、この相対論にばっちりハマった世界観だなーと思った。しかも押し付けがましくなくて、サラッと問い掛けだけ残して突き詰めない感じがイマドキなのかな。私は突き詰めたい方なのでピンと来ないんだけど、哲学的なテーマをフワッと投げるだけでそれ以上は追及しません、て感じ。
加えて進撃も東京喰種も人食い漫画なので、例によってこの手の生々しさが苦手なわたしにとってエンタメとしては若干しんどい。面白い、とは思うんだけど部屋に置くのがツライ(笑)
ちなみに最新刊まで読んでもやっぱり進撃はアルミンかなー。ご期待を裏切っていたらスミマセン(笑)だから最新刊はかなり面白かったけど最後の方はアルマトランでした。
―――そうそう!それで行くとマギは<二元論><相対論>どっちだ?!って話ですが、
少なくともアルマトラン以前は二元論的世界観だった、というのが私の感覚です。
最終章に入ってから急に相対論化した・・・っていうか主にアイツの所為ですが。
う~ん・・・急に、っていうのは違うんだな。大高先生は最初からこの地点を見越して描いているので、最終章で世界が一変したのと同時に世界観まで一新されてしまった、って感じ。
私がいまのマギの展開にイマイチついていけないのはそのせいなのか、単にリアルの状況が不安定だからなのか、自分ではよく分からない。
ただ・・・うーん、上手く言えないんだけど、鋼や結界師を読んでて感じるある種の安心感が最近のマギには感じられなくて、この違和感をわたしに言語化できる範囲で説明しようとしたらこんな風にしか分析できなかった、ってことだと思ってください。なんか、ごめんね。
そもそもフィクションに安心感が必要なのか?って話であって。それって単に予定調和なのかもしれないし。わたし予定調和はむしろ嫌いなんだよ。もし私の求めている安心感てのが二元論的世界観だとするなら、もうその時代は終わりつつあるんだろうな。って思いました。
あれ?進撃の感想を言うはずが結局マギの話になってしまった。まあ、私だからね(笑)
マジかーーーーーーー?!ついにマギコンビの時代来たーーーーーーー!!!
とうとう此処まで来ましたか・・・長かったなあ。
私は正直もうマギコンビの表紙ツーショットは期待できないなと腹くくってて、いいとこ東西王マギのカルテットだろうなと踏んでました。ザガン攻略チームの表紙的な感じね。そうなると一番身長が高いジュダルがアリババのポジションに来るからヘソは見えねえーなあ・・・チッ
って思ってた。
ありがとう・・・大高先生ありがとう・・・ここまで期待させておいて別の進行中画像だったとしても私は恨まないから。夢見させてくれてありがとう・・・
リアル迷宮の動向は、ほぼ長期化が決定してしまいました。あーあ・・・
ま、そのつもりで腹はくくっていましたけどね。アイツら退き下がらないだろうなって。
でも、あからさまな嘘をついたり証拠を捏造したり逆に隠滅したり、やることが今までと一線を画して来た感があって、わたしは正直そこまで汚いことをしてくるとは思ってなかった。上層部にも多少は良心というものがあるだろうと期待していた。みながみな平気で嘘を吐けるわけがないと思ってた。
・・・平気なんだよね。びっくりした。なんか・・・そのことに落ち込んだ。
この人たちにだって家族がいるだろうに。たとえば自分の娘が同じ目に遭ったとしても、この人たちは平気なんだろうか。自分の仕事を家族に誇れるんだろうか。いや、誇る必要もないのか。誇れない仕事をしていて楽しいんだろうか。わたしには理解できない。
わたしって甘いんだろうか。甘いんだろうな・・・
ネット繋いだついでに進撃と東京喰種の感想を言ってもいいかな。
たまたまこの2作品を同時に読んだせいもあるかもしれませんが、鋼や結界師とは違うパラダイムの時代に来たな、と思いました。
9.11の前と後とでフィクションの世界観が変わったというような話を時々聞くけど、個人的には<二元論>の世界観が崩れたと思う。
「敵」に立ち向かう「私」、「悪」に立ち向かう「正義」っていう構図ではなくて、「敵の中の正義」、「悪かもしれない私」みたいな、んー・・・<相対論>?とでも言うのかな、そういう価値観。
「敵だと思っていたら味方だった」とか「味方の中に悪がいた」というのは、まだ<二元論>の枠組みで語られていることなので、このパラダイム自体は超えてない。セリムさまなんかはこの中に入るかな。罪のなかの希望というかね。七大罪という敵に残された善の芽みたいな存在だよね。わたしはそういう境界に生きる人が大好きなんだけど。そういえばエド自身、咎人の主人公だった。でも悪ではない。そこは明確だった。
でも進撃と東京喰種は明確な悪が存在しないんだよね。どちらにも正義があり一方から見れば他方が悪になる。<相対的>パラダイムだから主人公はおのずと「正義の味方」ではなく「群集劇の一視点」的な存在になる。だから魅力的で特別な存在である必要はなくて、どちらかといえば平凡で普通の存在でなければならない。相対的世界観の場合、戦うべき相手は「敵」ではなく、理不尽な世界の構造そのものにある・・・ってことになるかな?
因みに、もう単純に好みの問題でわたしは二元論的世界観がいい。どちらの価値観が優れているとかではなくて、いや三次元的には相対的価値観でなければならないと思うんだけど、少なくともフィクションとしては、わたしは二元論の考え方から抜け出せない、気がします。あまりにも長い時間、二元論的パラダイムに慣れすぎたので、相対的価値観に馴染めない。読んでいて混乱してしまう。でもきっと、この混乱こそが相対的世界観の魅力なんだと思う。現代人としても多分そっちが正しい。わたしは時代遅れなんだろうなあ、と思いました。
ファンじゃないからちゃんと聴いたことないけど、紅白で2回だけ見た「SEKAI NO OWARI」も、この相対論にばっちりハマった世界観だなーと思った。しかも押し付けがましくなくて、サラッと問い掛けだけ残して突き詰めない感じがイマドキなのかな。私は突き詰めたい方なのでピンと来ないんだけど、哲学的なテーマをフワッと投げるだけでそれ以上は追及しません、て感じ。
加えて進撃も東京喰種も人食い漫画なので、例によってこの手の生々しさが苦手なわたしにとってエンタメとしては若干しんどい。面白い、とは思うんだけど部屋に置くのがツライ(笑)
ちなみに最新刊まで読んでもやっぱり進撃はアルミンかなー。ご期待を裏切っていたらスミマセン(笑)だから最新刊はかなり面白かったけど最後の方はアルマトランでした。
―――そうそう!それで行くとマギは<二元論><相対論>どっちだ?!って話ですが、
少なくともアルマトラン以前は二元論的世界観だった、というのが私の感覚です。
最終章に入ってから急に相対論化した・・・っていうか主にアイツの所為ですが。
う~ん・・・急に、っていうのは違うんだな。大高先生は最初からこの地点を見越して描いているので、最終章で世界が一変したのと同時に世界観まで一新されてしまった、って感じ。
私がいまのマギの展開にイマイチついていけないのはそのせいなのか、単にリアルの状況が不安定だからなのか、自分ではよく分からない。
ただ・・・うーん、上手く言えないんだけど、鋼や結界師を読んでて感じるある種の安心感が最近のマギには感じられなくて、この違和感をわたしに言語化できる範囲で説明しようとしたらこんな風にしか分析できなかった、ってことだと思ってください。なんか、ごめんね。
そもそもフィクションに安心感が必要なのか?って話であって。それって単に予定調和なのかもしれないし。わたし予定調和はむしろ嫌いなんだよ。もし私の求めている安心感てのが二元論的世界観だとするなら、もうその時代は終わりつつあるんだろうな。って思いました。
あれ?進撃の感想を言うはずが結局マギの話になってしまった。まあ、私だからね(笑)
生々しさの匙加減 ― 2017/03/03
「東京喰種」を最新刊まで読了しまして、やっと直近の2~3巻あたりは面白いかな、と思えるようになってきたのですが、エンターテイメントを読んでいると言うより血だまりの中で諸行無常の修行をしている気分です。
なんでわたしはこの漫画を面白いと思えないのかなーと考えていて、思うところがあったのでちょっと書いてみる。これだけ支持されている漫画だから、つまらないハズはないんだよ。
「生々しさ」って、物語には必要じゃないですか。
でも、生々しさは少なくとも3っつくらいの種類に分けられるように思うんですよ。
なんでわたしはこの漫画を面白いと思えないのかなーと考えていて、思うところがあったのでちょっと書いてみる。これだけ支持されている漫画だから、つまらないハズはないんだよ。
「生々しさ」って、物語には必要じゃないですか。
でも、生々しさは少なくとも3っつくらいの種類に分けられるように思うんですよ。
<1>人間関係的生々しさ
アンタの夫は寝取ってやったわ!みたいな昼ドラ的生々しさ。泥沼関係とか痴情のもつれとか、あと血縁のような狭い人間関係のなかで起きるドロドロした陰湿さをはらむリアリティ。
<2>肉体的生々しさ
字面からいってこっちが本来的なんだと思うんだけど、人間と言うより「人体」にまつわる直接的な生々しさ。血とか内臓とか生身の人体としての表現が鮮烈であるもの。艶(なまめ)かしい性描写もここに入る。
<3>精神的生々しさ
心をえぐられるような心理的生々しさ。人間の内面、弱さ醜さ愚かさをとことん暴き、感情や思考を分析し、暴きだすようなメタ認知的・分析的表現。
「生々しい」って「リアル」ってニュアンスがあるじゃないですか。だからフィクションである漫画では大事な要素だと思うんですよ。リアリティがなかったらどんなフィクションもつまらない。
だから、生々しさはぜったいに必要なんだけど、どんな生々しさがどの程度あるかによって好みが分かれるのではなかろうか。
私は圧倒的に<3>の精神的生々しさが好きで、これがなければどんな本でも読む価値はないと言い切れる。これは小説でも自己啓発本でも漫画でも同じです。
でも例えばまっとうな?腐女子としてエロいジュダルは読みたい(断言!)ので肉体的生々しさもほしいわけ。てかジュダルから肉体的魅力を奪ったら何が残ると言うの。もはやルフしか残らねえよ!
それに、鋼のアルエドに青春を捧げた身として人間関係的生々しさも除外できない。
いちおう兄弟カップリングですしね。でもね、あのね、アルエドの関係性はね、
たとえ自分を犠牲にしてでも相手を生かそうとする愛情と言う名の呪い なんですよ。
でもアルは鎧の身体だから生身がない、そこが絶妙に生々しさを削いでいる。
いやーそういうわけか!アルエドの魅力がいま分かった(笑)
たとえフィクションでも私がぜったいに読めないのは性的虐待なんですよ。これってつまり<1>から<3>までフルコンプリートの陵辱ですからね。私はこれだけはどうしてもダメ。
そんなわけで精神的生々しさがメインにあって、そこに多少の人間関係的・肉体的な生々しさがあることが、私が「面白い」と思う必要条件なんだろうな、と思います。冨樫なんかはこの辺が絶妙なんだよな。あのひとメンタルレイプ・プレイヤーっていう別名があるそうですが、基本は精神的生々しさだと思うんだよ。でも精神的にヤバくなると肉体的生々しさに走るよね。キメラアント編とかヤバかったよね。
サンデー本誌がこんなときに申し訳ないんだけれど、いまゲームをきっかけに鋼に再燃してるんですよ。なつかしいー!とやっぱり好きだー!と同時にふたつの感慨がある。
ロイ・マスタングを見てて
\イラッ/
とする感覚と、覇王を見ていて(以下略)の感覚はすっごく近いなーと思いました(笑)
ロイエドとシンジュのターゲットは近いと思う。いや逆は・・・どうかな(笑)
以上ちょっと脱線しましたが、あくまで主観的な分類なので「その解釈は違う!」と思ってもスルーしてくださいね。わたしはそう思いました、ってだけです。
↑この手の注意書きは私はなるべく書きたくありません。なぜなら読者さんのリテラシーを信頼してないってことになるからです。今後は省略していきますね。