神になり損ねた男。2018/08/03

クリエイティブな仕事があるのではなくクリエイティブに仕事をするかどうかだ、という言葉がありますが、最近私は割とクリエイティブに仕事させてもらえて楽しいよ。


お絵描きと同人誌制作とステンドグラスと編み物といっときは自作コスプレもしていた私にとって趣味と言えば創作ですが、仕事はぜんっぜん創作とは関係ない方面です。

でも、今の職場に移ってから私の裁量に任される場面が多くて、当初はそれが即戦力を求められているようで大変プレッシャーだったのですが、慣れてくるとこれがほんとに面白い。前任者からは好きにやってね、とお墨付きも貰っているので好き勝手できる。次はどんな風にやろうか、って考えながらベッドに入っているとあれこれアイデアが浮かんできて、同人誌のプロットまとめている時みたいに考えが止まらない。

心配性だから細かいところまで完璧なチャートを立てておかないと不安で、そのせいでつい夜更かしをしちゃって肝心の当日に寝不足でフラフラだったりするんだけど、綿密に計画を立てておくから大抵は首尾よく終わるし反応も上々、次はどうしようって考える楽しいループ。

私は最近、Twitterを主に「他のメディアでは流れてこないニュースソース」として利用してるんだけど(メディアがいかに男性社会か、それゆえ世に出るニュースにも性差別が反映されていることを痛感したので)、そこで見つけた面白そうなネタを仕事で使っていたりもする。かなりアレンジを加えるから元ネタは絶対バレないし、自分なりのアレンジを加えるところに創作的な楽しさがある。

身バレになるから言えないけど、私の仕事は創作とはかけ離れたところにあるので、それでもこんなに楽しいんだから、どんな仕事も創作的にしようと思えばできると思う。
部下の仕事の邪魔をする無能な上司さえいなければ。

「仕事が楽しい」なんて言うと私生活が寂しい女みたいですごい恥ずかしいんだけど、ほんとに楽しいから仕方ない。実はちょっと勉強しなきゃならなくて、秋ごろまで休日も忙しいんだけど、仕事が充実しててお絵描きするより楽しいから、オタクとしてはそれが困る。置けるイラストが何もなくてほんとゴメンよぅ。


オリエントもサンデーも読んでるよ。恋愛フラグ早いね?!サンデーは初恋ゾンビがやっぱり好き。アニメ化のニュースはフェイクだったのかなー。ムヒョロジはほんとだったのにね。うちスカパー入ってないから見れないけどね。

ムヒョといえば以前は思い出せなかった既視感に気付いたよ。あれ悪魔くんだね。エロイムエッサイムだね。てことはムヒョの法律言語はヘブライ語かな?ヨルダン旅行の計画も進めてるんだけど、それ聞いたことある!って固有名詞がいっぱい出て来るの。
一番驚いたのが、エルサレムの市内に「ゲヘナ通り」があることだよ。聖地の中心に虚無界への道があるってどういうことよ?

キリスト教関連で是非読んでほしいのは「ナツェラットの男」(←ブクログ参照)なんだけど、これは聖書の研究家がユダ視点からイエスの生涯を描いたほぼ新約聖書そのまんまのお話なんだけど、マギが終わった今こそ「あぁやっぱりそうなのか」と思う。
ここに描かれているイエスの人物像が初期の覇王に本当によく似てる。

豊かな国のどこにでもある田舎町に生まれ育った賢くて人懐こい少年が、長じてからはよく飲みよく笑い陽気で気さく、時には奇跡を起こし敵にも味方にも好かれる生来の人タラシ。言葉が通じない異国の人の訴えも聞き取る不思議な魅力があって、次第に人望を集めそれゆえ権力者に疎まれもし、大雑把な性格ゆえに金勘定も出来ないけど優秀な弟子の采配で一団は維持され、三十を過ぎていったん死ぬけど生き返る。

覇王はイエスだったと思うよ。ナツェラット読んでると覇王のイメージしか浮かばない。一度は神になった男。でもマギには選ばれなかったし救世主にも主人公にもならず世界も変えなかった。私が覇王に関して好きなのは、唯一そこかもしれない。
神になり損ねた男。

やっぱりエルサレム行きたいなあー。
ベツレヘム(マギがイエスを訪れた街ですよ)も行きたいなあー・・・

善と悪と聖書と私2018/08/04

特に解説もなくしれっと描いてしまいましたが、「二人の御子がありました」のこのシーンとかは当然ながら聖書のベツレヘムのエピソードが元ネタ。(昨日の記事の続き)

マギは聖書の時代でいう天文学者なので、予言の星のもとに生まれた救世主を訪問したわけです。で、それぞれ贈り物をしたとされている。個人的にトラン世界は太陽がみっつだったのが、それだと地球が公転出来ないので月がみっつの方がよかったなーと思ってるけど、まぁファンタジーなので。

この本では救世主に当たる人物をマギコンビにしてしまった(しかも古来、多胎児は不吉の象徴であることが多い)から聖書的には大変混乱した内容だし、今となってはいろいろ捏造設定になってしまったけど、それを言うなら「マギ」自体が聖書や神話的な内容を意図的にカオス化させた作品ですから、私は気にしない。

私は大高先生の描かれる、そういう意図的な意外性?倒錯性?が好きなのですよ。元は神杖だった金属器に宿るのが悪魔だったりとか、マグノ編とトラン編の最後に出てくる黒いジンは、ヒンドゥー?だっけ?の神様をモデルにしたと仰っていたし。練家の三兄弟の振れ幅は意外性で片付けていいレベルか未だに疑問ですけど。特定の信仰を持ってる人にとってはけっこう際どい世界観だと思うんです。でも、そこが好き。

ついでに、この本ちょうど最後の一冊が先日の迷宮で完売しました。大人買いして下さったお嬢さんのおかげです。ありがとうございました!これ描いたときはまだトラン編始まるずっと前だったので、ソロモン王の顔が分かんなくてずっとこれで通したんだよ、大変だったなー。まさかあんなイケメンとはね。あの顔はズルい。

マギの二次創作を聖書の世界観で描けてた頃が一番愉しかったなぁーと今となっては思います。あの頃が一番、原作を曲げることなく自由な設定で描けて、聖書や神話のメタファーが使えて、マギコンビの過去や因縁を好きに作れて、ほんとに愉しかったよ。トラン編はそれはそれで好きだったけど(例によって新章が始まる時の大高先生の面白さは桁違いだし)、トラン編でだいぶマギコンビの自由度が限られてしまって、直後に覇王とジュダルの決別だったので私は色々と消化しそびれた。それも迷宮ベリアルですべて吹っ飛びましたけど。

私はどうも、罪人と(偽)悪者に惹かれるのよね。だから宗教的なモチーフになるのは必然なんだと思うな。単純に聖書って面白いと思うし。せめていつの日か旧約聖書くらいは読破したいと思いつつ、メタファーばっかで何言ってるか分かんない\(^o^)/
例えばこれ。
我見しに、視よ蒼褪めたる馬あり。此れに乗る者の名を死といい冥府これに随う。
彼らは地の四分の一を支配し剣と飢饉と死と地の獣をもて人を殺すことを許されたり。

しつこいけどこれ、べりありゅさんの初登場シーンだと思ってるよ!
ザガンは地属性だしね。ザブラックは死の使者です。たまんない・・・


あ、コリント人への手紙も好きです。これも何度かここで書いたけど、
其は、知恵の多きは悩み多く、知識を増す者は憂いを増すなればなり
あまりに悩んだり苦しんだりした時は、この言葉が私の支え。悩みがあるということは、それまで悩むことすらなかった世界の理不尽を知ったということ。悩んだ分だけ自分が賢くなれると思えば少しは気が楽になる。

こんなことをいうと差別と誤解される恐れがあるからあんまり大きな声では言えないけれど、私は道徳って知性に比例すると思うのよ。もちろん世の中にはズル賢い奴もいるし、知的な障害を抱えていても自分を犠牲に出来る子もいるから正比例ではないけれど。道徳心て充分な知性が無いと成熟しないのは確かだと思う。私は仕事がら自己中心的な「善」のために悪事を働き実刑を受けた人たちを見てきた。最近も「LGBT差別と低IQに正相関がある」ってネットニュースあったじゃん?無知であるということは、それだけ世界の理不尽や苦しみに対して無関心ということで、それは善とは言えない。

悩みがあるということは優しくなれるチャンスなんだよ。せっかく苦しんだんなら成長しなきゃ勿体無くない?(貧乏性)悩みをこじらせて悪に堕ちることもあるけどさ。私は少なくとも二次元では後者の悪人が大好きで、三次元では前者の優しい人が好きさ。

こうブログの記事が長い時は何かから逃避している時です。今はお勉強から・・・
寝ます。明日はスタバって勉強しよう・・・

えーん。゚(゚´Д`゚)゚。 グーグル先生ぇー!2018/08/05

大体カメラを向けていると、気づいて警戒するのはイッヌのほう。飼い主さんは気づかない。よって隠し撮り。すいません。

ついにGoogle マップに地球儀表示が実装されたらしいのだが私のiPadはメルカトル図法のままである。えーん!なんでー!?メルカトル図法だと緯度が高い国は不自然に大きくなるし、飛行機の経路とか実感が湧かないから困るのですよね。

ちなみに私は旅行計画を立てるときは予定当日の日の出・日没時間を調べてから計画立てます。最近は便利なサイトがあるので秒単位でわかるのは助かる。治安が悪くて日没以降は危険な国とか、逆に夜景を見ながら食事を楽しみたいとかいう場合、緯度が高いほど想定外の季節差があるからね。

今日はスタバでコーヒー一杯4時間ねばって勉強してきたけど、アレね、意識高い系はともかく意識高いフリをしてる系ウザいからほんとヤメテ…
なんでそんな親の仇みたいな勢いでリターンキー叩くわけ?なんで考え込むとき机の上で両手をバタバタ叩くわけ?ピアノ!?ピアノの練習かな!?同じ机の向かいで私はアンタが来るずっと前から静かに勉強してんねんけど!!!

しかも、いかにもデキるっぽい本物?のノマドワーカーが隣に座ったら、急にスンッ…て静かになるわけ。なんのアピールがしたいのかな君は!?頼むから隅のちっさいテーブルでやってくれ。私はアナログ作業だから動きたくても照明が暗いところに移動できないんだー。゚(゚´Д`゚)゚。

集中力に定評のある私でも家にいるとダラけちゃうので勉強はなるべく外でやってる。図書館という手もあるんだけど気分転換に飲食できないし、受験生で混み合ってるし、エアコン控えめでちょっと暑いし、コーヒー一杯で電気代気にせず集中出来るスタバはありがたいんだよね。原稿は家じゃないと出来ないからほんとツライ。以前はよくスタバで下書きまでは描いてましたが(そして自分のネームで泣いて怪しまれましたが)、デジタルだと下描きもデジタルなんでね…

あ、あの、誤解というかセルフフォローをさせてもらうと、自分んで描いたお話に泣いているというよりも、(自分で設定しておきながら)酷いシチュで推しが辛い想いをしていることに泣いたりとか、原作でのある地点での推しの感情を改めて追体験して哀しくて泣いてしまうとか、そういう感じです。自画自賛ではなく…誤解のないように…。

だから私が原作の世界に深く潜っているのは間違いなくネームを切っている時です。
そのとき初めて見えてくるもの、気付いたことが本当に多かった。それをそのままモノローグにしたり劇中に反映させたりしてるから、だから私はいつも最大限の気持ちを込めて描いたということだけは自信を持って言えるよ。
だから私はネームが一番好きなんです。その瞬間はVRの映画を見ているようなの。

環境への適応力2018/08/09

今日もいい仕事してきたけど、昨日はちょっと調子乗っていたのか痛い目を見た。
がんばろ。明日仕事行きたくなーい!松犬ハンティングのリベンジしたーい!

今読んでいる本の中に人格とは5つの特性で規定されるもので、その5つとは外向性、協調性、誠実さ、情緒的な安定さ、そして経験に開かれていること、とあって。
最後の「経験に開かれていること」ってのは何じゃいと思うけど、これは知性のこと。

知性と言うのはいろんな人がいろんなふうに定義しているけど、大体一致しているところとしては「環境への適応力」だと言われている。だからどんなにIQが高くても環境の変化を生き延びられなければその個体は知性が乏しいと言うこと。そもそも何でヒトが地球上で最も栄えたかといえばその知性と貪欲さのためであって。この定義はすごくしっくりくる。

最近、仕事で「びっくりするぐらい頭はいいけど手に負えないほど頭が固い」人たちに悩まされていてさ。IQや出身大学を見る限り頭が良いことは間違いない。まず日常生活ではお目にかかれないような高学歴。でも協調性が欠けていたり、他人の言葉に耳をかさなかったり、自己理解がとんでもなく的外れだったりする。

はじめはIQが高いからプライドも高いせいかなと思ったけど、 IQが高くても自尊心が低い人もいるのでその説明では足りない。まだ仮説検証中だから結論は出せないけれど、今の段階で言えるのは、そういう人たちは「それまでの自分のやり方に固執している」ということかな。それが通用しなくて行き詰まっているのに、新しい方法を試みようとせず、過去のパターンにしがみつき、自分を変えようとしない。

だから、一応プロフェッショナルである私の言葉にも耳をかさない。その態度がIQの高さとも相俟ってとても傲慢に見えてしまう。傲慢が可愛いのはセリム様だけなので私もたまにはイラッとする。でも多分彼らはただ単に変わることを恐れているだけなのよね。偉そうなのでほんとに全然そうは見えないんだけど。

一方、人並みの学歴がなくても人の助言を素直に受け入れ、無駄とか無意味とか言わずにとりあえずやってみようと行動を起こせる人は短期間にすごく変わる。以前もここで話した「幸せそうな女性」もそうだった。彼女はちょっと短絡的だけど素直な人だった。そういう人はどん底見ても割とすぐ立ち直る。そして恨まない。他者を。世界を。
ほんとうの知性とは何ぞや?

私も環境の変化には弱くって適応力ない方だから気を付けないとね。ブレることが好きじゃないから変化には慎重なんだけど、それで自分の首を締めたら元も子もないし。
因みに外向性も協調性も何なら精神的な安定性もあんまりないんですけど。

なっこみ2018/08/11

テラス席はもちろんお店の中でも普通にイッヌと一緒に食べてたよ。羨ましい。


マギで活動していた過去5年はサークル参加、6年前は一般で、それ以前は鋼で毎年参加していた私にとって、参加しない夏コミはむしろスペシャルイベントなんですが、今年ばかりは参加してなくてよかったなあとTwitter見てて思いました。あれだけ対策してても倒れる人が続出するってどういうことだろう。サハラ砂漠を超えた何か。

本日も絶賛お勉強中です。
私が同人活動で身に付けたスキルは、多少の画力はもちろんだけど、一番は「目標を設定し、計画的に予定をこなしていく実行機能」ではないかと思いました。修羅場に入ってからの方がむしろ生活リズムが乱れないんだよ。乱れると効率よく睡眠時間を確保できないから。

ついでに言えば、読者目線で演出を考えるから客観視も多少は鍛えられたかもしれない。今でも私は自分の言動が他者からどう見えているかあまり気にしないけど、漫画を描いていなければその傾向はもっとひどかったはず。漫画描かれる方は、読者からどう見えているかを考えると格段に上達すると思うよ。その点、荒川先生は親切な演出、大高先生は見栄えのする演出で群を抜いてると思う。あ、冨樫もね(呼び捨て)。

私は一つのものに長くどっぷりハマっていたいタチなので、今はちょっと萌の空白期間みたいな感じ。松は好きなんだけど、やっぱり出遅れ感があるのと、どうしても界隈の空気が怖いなー…っていうのが。

たぶんツイッタ始めたせいでそういうのが可視化されちゃったのが大きいんだろう。私は基本、自分が描きたいものを描きたいように描いてきた人間で、描いてる時は周囲なんか見てる余裕も必要もなかったし。次に同人始めるときは、敢えてジャンルの空気なんか読まないで情報をシャットアウトして描いたほうが良さそう。私が空気を読まないでいられるのは空気を吸わないでいるからなのよ。そうでないと自分を維持できない。それが交流嫌いに見られるのが困りものなんだけどね。

うっかりしてたら台湾行きのフライトが一万以上値上がりしちゃって泡吹いてる。それで調べたら19週間前が一番安いそうですよ。19って…4ヶ月以上前だね!?アジア圏と欧米では違うんだね?しかも直前でも値下がりしないんだね…。台湾やめよ…

今日ねー!2018/08/16

以前ここでだけUPしてた闇妖怪をまとめました。お蔵出しなので季節感ズレちゃったけど。ツイッタで企画やってたからソッとタグ付けてきた。入稿するよりドキドキしてて手が震えたぜ…

今日は仕事ですごいことがあった。身バレというか守秘義務違反になるといけないので言えないけど、もうね、半ばファンタジーの世界の住人だと思っていた人種?と出逢ったのね。意外と身近にいたね。失礼にならないように配慮しつつ知的好奇心を満たすのが大変だった。私はこの仕事ほんとに好きです。でも出逢ったからには責任も発生するので荷が重ーい!

実は昨日この職場に来て初めて怒られたんですよね。かなりこっぴどく怒られたんですよね。それも若干いやかなり理不尽な怒られ方だったんだね、そのストレスたるや速攻お腹壊して10年ぶりにヘルペス発症しちゃうくらいには納得ゆかなかったんだけど、ぜんぶ吹っ飛んだね。

ドキドキして眠れない。仕事って楽しくてもストレスになるんだな。原稿と同じだね!

カプに就いての立場表明(今更感)2018/08/21

こんなに真面目に勉強してるの受験以来じゃないってくらい今は真面目に勉強中なので新しい絵が何もなくてすまない。
🐾来たで!!!🐾

で!松の映画化決定が大変めでたい!!!さんざん迷ってライビュも見送ってしまったんだけど半年先まで生きるめどが立って嬉しいよ。これはちょっともう本格的に沼ってもいいかな?お好きにどうぞ!

最近立て続けに流れてきた2つのRTを見て私の立場が固まったので、ツイフィをリンクさせました。はい、私は固定です。固定派だったんです。でも解釈優先なのでカプの相違は大した問題では無い、と言うポジション。すっきりしました。ずっとリバを表明していたけれど本当のリバ派の人たちともなんか違うという違和感が拭えず、フラフラしていましたがそういうことでした。

いやあね、私ずっと「逆CPだけど凪さんの描く二人は大好きです」と言う言葉は描き手として賛辞以外の何ものでもないと思って来たけど、松に来てからというもの「(固定に対し)逆に見える/逆として読めるは侮辱だ」と言うツイートを大変多く目にするようになって。
その考え自体は分かるし、いろんな考えがあることも尊重したいけれど、それが常識であるかのように振る舞う人たちが怖かったのね。だから2つのRTは本当に嬉しいしもっと拡散されて欲しい。

相手が悪意を込めてさえいなければ基本私はどんな言葉だってありがたいと思える。というか、いったん描き手の手を離れた作品をどう解釈するかはもう読み手の自由だと思うんだよね。それが意図しない解釈をされたとしても、それは描き手の能力だったり相手のフィルターの問題だったりで。

私が自作の本の紹介文にCPを明記するのが苦手なのは(一応しますけど!)それが最大の理由です。年齢制限がある場合は別ですが、そうでないなら自分が描いた二人の関係をどう受け取るかは読み手の方に委ねたいのよ。それをどう名付けるかはお好きにどうぞ、ってね。松では危険だから絶対にしませんが。

そうか。だから最近長い感想が減ったのかな。褒めて箱もなー私反応が欲しいだけで別に褒められたいわけではないしな(天邪鬼ですまんよ)。読み手の方がどう感じたのか、どう解釈したのか、その思いをどう名付けるか、をこそ私は知りたいのに。作者の意図とは違う感想を送ることを恐れているのかな、と感じることがここ数年多くて。

でもそれって勿体無くない?描き手の思わぬところで何かを受け取っていてくれることが、この表現に携わる者の醍醐味だと私なんかは思うけどな。
私の意図などどうでもいいよ。
悪意さえ込めないでくれるなら。